• 大橋しん

アレクサンダー・レッスン、2ヶ月で知らないうちに立つ

教会でのヘルムート先生のレッスンは毎回イスを使って行っていました。


後ろに持たれず、まっすぐ座った状態から、坐骨を支点に前傾したりまっすぐに戻ったりします。


先生は頭の後ろや頬骨、頭蓋のへりに当たる部分ですが、そこに優しく触れて、分かるか分からないかくらいの力で誘導していきます。


誘導と言っても、押されたり引かれたりするものではなく、ニオイがする方へ行ってみようとするように、ささやかな手がかりを頼りに自分で動いていく程度です。


もう2ヶ月もレッスンの前半はこの緩いおじぎの繰り返しで、これをやる意図が何か分からないけど、学習者としてなんとなく意図を聞いてはいけない気がしていました。


それでこれは精神統一か感覚を鋭くするのか、自分で推測していたのですが、アクションとしては単純な取り組みに次第に飽きてきました…。



しかしある時、


あれ?


立ってる。


自分が知らないうちに立っています。


イスに座って前後に頭を揺らしていただけなのに…。


ヘルムートの誘導が、優しいけどちょっとトリッキーな感じになっていっているのには気付いていましたが、立つための踏ん張りをした憶えがないのです。


ほこりが風に吹かれるように、舞い上がり、重さを感じずに立っています。


頭の重さに導かれて、そこに流れ着いたような。


自分の体重がストーンと足まで伝わっているのを感じます。


自分が大きくて太い筒になって、その中を上下に柔らかいものが行ったり来たりしている感覚。


これが余計なことをやめるための学習…これが日常で起こることになったら、どんなに楽か!


僕は19歳くらいから、朝起きる時、体が重くて仕方がなかったのです。


砂でも食べて、その重さが体内に残っているかのような…。


それは後々、日中の楽器を弾くときの体の捻じれから来る負担だと分かっていきますが、この時点ではまだそれに結びついていません。



これが自分でできるようになったら、人生思いのまま!


ヘルムートは僕の気付きを捉えていたのだと思いますが、そこで説明したり、諭したりすることなく、「そうそう」という感じでただそこにいるのでした。



その、ただそこにいる、いう感じも自分でしたい!


どうしてヘルムートは静かなのにエネルギーを感じたり、柔らかいのにしっかりしているように見えるんだろう?


何か技巧的なことをしているようにも見えないし、戦略的な意図も見えない…、よく見せようとか、賢く見せようとか…。


なぜ自然に見えるんだろう?


自然な人間になるには、どうしたらいいんだろう



この頃から、自分の中にアレクサンダー・テクニーク教師になるという選択肢が生まれました。


僕が実際に教師になったのは、この日から10年は経ってから。まだまだ先の事です。


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アレクサンダー・テクニークの教師になるトレーニングには幾つかの重要課題があります。 そのうちの一つに「リーディング・フォローイング」というのがあります。 指導するとき、リードすることとついて行くことを同時にやる。 また、僕の師匠ブルース・ファートマンは理想の教育者のスタンスを、 「後ろから、囁き声で勇気づける」ように、 と、著書で言い表しています。 生徒の前から引っ張って先導するでもなし、後ろから