• 大橋しん

セミ・スパインで過ごす

最終更新: 2020年8月25日

アレクサンダー・テクニークのレッスンに行ってから、予定していたチェロの先生に連絡し、新しい指導者を紹介してもらうことをためらっていました。


僕は当時チェロを弾いていると背中が張ってきて痛くなっていたのですが、アレクサンダー・テクニークのレッスンを受けてそれがなくなっていたからです。


またチェロを弾くと張ってくるのかな…?


そう思うとチェロを弾くこと自体ちょっと置いておきたくて、まず身体の変化を見てみようと思いました。


アレクサンダー教師のヘルムートがセミ・スパインと呼ばれる休息法を教えてくれたので、僕は今までチェロを弾いていた時間を身体を観察する時間に充てました。



セミ・スパインは仰向けになって両膝を立て、両手をお腹と骨盤の間くらいに置くポーズです。頭はタオルなんかで少しだけ上げます。


だらんとするよりちょっと張りがあるような休息で、眠くならないよう4つの観察を順に頭に巡らせていきます。


まず、地面についている自分の身体の部分を思い出すこと。


次に背骨が長くなっていくこと。


そして呼吸を思い出すこと。


最後に、頭からつま先までこわばっているところをスキャンして、見つけたらそれを手放すこと。


セミ・スパインをしていると、自分のあらゆるところがこわばっているのに気付きます。


それを見つけるたびに、しめしめ感を持って手放す。


こんなに自分の身体がコントロールされてなかったことも、身体を開放することが心地よいことも知らなかったので、自分にえらくラッキーな事が飛び込んできたものだと思い、それと同時に頭にもたげてきたものがありました。


なんで苦しんで楽器にしがみついていたんだっけ?


最初は好きとか楽しいとか感じていたのに、いつの間にかこうしたいとかこうなりたいとか、人よりどうなりたいとか誰かのようになりたいとか、ごちゃごちゃしたモノになってしまった。



もともとがむしゃらにやるタチではなかったのに、いつの間にか自分にブレーキがかからなくなり、身体に起こっていることなんか見向きもしなくなったことが不思議に思えてきます。


身体より音楽、それを考える頭を優先し、まるで身体が劣った鈍くさいもので、思考が高尚なものとして扱っていたようです。



それが今、身体が心地よいことは、否定するところのない完全にいいもの、価値があることを実感しています。


このままがむしゃらに楽器を弾くよりも、身体を楽なものにしてあげたほうが可能性がある気がする…。




何より思うのは、アレクサンダー・テクニークを知らなかった頃の身体に戻りたくない


何が起こるかわからない明日が待ち遠しいって、いつ以来だっけ?小学生かな?




そういう思いが湧いてくるので次第にチェロをケースから出さなくなり、毎日ワクワクしながら学校に通い、友人やアンヤと会い、ライプツィヒを見て回る日々を過ごしていました。



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アレクサンダー・テクニークの教師になるトレーニングには幾つかの重要課題があります。 そのうちの一つに「リーディング・フォローイング」というのがあります。 指導するとき、リードすることとついて行くことを同時にやる。 また、僕の師匠ブルース・ファートマンは理想の教育者のスタンスを、 「後ろから、囁き声で勇気づける」ように、 と、著書で言い表しています。 生徒の前から引っ張って先導するでもなし、後ろから