• 大橋しん

最初にアレクサンダー・テクニークと聞いたとき(2)

最終更新: 2020年8月25日


ノリコさんは駅で僕を迎えてくれた後、僕を車に乗せて学生生協に向かいました。


中央はずれのマンハイム通りの学生寮の客室を取っておいてくれたのです。


その客室は学生の家族が滞在するためのもので、こういった宿泊方法があると知ったのも後日。


ドイツは留学生を積極的に受け入れており、家族が遠方から来ることもよくあるので、このような設備があるのです。


1ヶ月300マルク(マルク!まだマルクだったときです)を支払い、鍵を受け取って寮に向かい、荷物を降ろしました。


1マルク60円だったので1万8千円ほど。キッチンがついていて自炊ですが安いのに驚きました。日本で普通に暮らすより安くない?




「眠くないのなら、起きていたほうがいいですよ。時差が早く回復するので」


とノリコさんが言うので、はーい、そのままお出かけへ。


ワイマール城へ向かいました。


ワイマールには城があり、今は美術館になっていますが、クラナッハやデューラーなどが展示されていました。


螺旋階段を登りながらアートの話をしつつ、ドイツへ来た実感がちょっとずす湧いてきました。


ひと通り見たあと、マルクト・プラッツのカフェへ。ノリコさんは有名人らしく、よく声をかけられます。


ノリコさんはまだドイツが統合されていない頃、東ドイツだったこのワイマールに一人で来た事を話して聞かせてくれました。




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アレクサンダー・テクニークの教師になるトレーニングには幾つかの重要課題があります。 そのうちの一つに「リーディング・フォローイング」というのがあります。 指導するとき、リードすることとついて行くことを同時にやる。 また、僕の師匠ブルース・ファートマンは理想の教育者のスタンスを、 「後ろから、囁き声で勇気づける」ように、 と、著書で言い表しています。 生徒の前から引っ張って先導するでもなし、後ろから