​当教室はオゾン発生装置によるウィルス除去をしています。

​一度始めれば、ずっと安心

​あなただけのための、プライベート・レッスン

理学療法士でありアレクサンダー・テクニーク国際認定教師

そして米国組織ISMETA認定ムーブメント・エデュケーター(動きの教育者)、

延べ2000人に4万回を超えるセッションを経験してきた講師が、

​からだと心を隔てず、あなたの悩みに応えます。

*当レッスンは医療行為ではありません。

​​いままでのケースからどんな効果が得られるかご紹介

数々の人をみてきましたが、少しだけ紹介します。

個人情報保護のため名前や顔写真を掲載することができませんがすべて頂いた本当の声です。

ご本人から許可を得て掲載しています。

1.難治性腰椎分離すべり症で困難だった生活がすっかり変わった

芦屋市在住のAさん(初回時36歳)フルート奏者女性

 

​Aさんは学生時代に受けた盲腸の手術後に両足が麻痺し、まともに歩いたり座ったりできなくなり、検査で腰椎分離すべり症と診断されました。

 

手術をするには状態が難しく、リハビリをするも改善方法がうまく見つからないまま医療機関を転々としました。著名な某大学病院でアメリカでの自費手術を薦められましたが断念し、その後20年近く不便な生活を余儀なくされました。

 

座れば両足はしびれ、腰を浮かせて座っても数分しか持ちません。歩くにも痛みとしびれで5分程度しか持たず、母親の会社に所属してできる範囲で仕事をしてきました。リハビリも続けていましたが打開策が見つからずにいました。

そんなAさんは仕事先の施設である理学療法士に紹介され、当講師のところに来られました。今までのセラピストらには身体に触れられるのも怖かったのが、初めてなのに安心して受けられ、その時に呼吸が楽になり、背は上に伸び上がり身体が広がり軽くなるのを体験しました。

今までにない可能性を感じたAさんは毎週母親と通うようになり、次第に座る時間や歩く距離が伸び、姿勢が変わっていきました。半年後には演奏能力も向上し、しびれや痛みもかなり軽減してきて、不安から解放され気持ちも明るくなりました。

一年経過し、Aさんの母親が骨折したのをきっかけに親子でレッスンを受けるようになりました。次第にレッスンも一ヶ月に1〜2回に減っても大丈夫になり、二人とも身も心も今までにない軽さで、日々施設での演奏や学校での講師業、コンサートなどで駆け回っています。

2.脳梗塞で右麻痺になって数年後、諦めていたのに能力が改善した

西宮在住のUさん(初回時65歳)ヴァイオリン奏者女性

 

​Uさんは四重奏の練習中に倒れ、救急搬送され脳梗塞と診断されました。数ヶ月の入院リハビリ後も右の手足が部分的に麻痺し、何とか歩けるもののヴァイオリンも殆ど弾ける状態ではなくなりました。

数年かかりヴァイオリンを再び弾けるまでになり、仲間に助けられ少しづつ演奏活動を始めましたが、かつての演奏技術に頼ることができなくなりました。右腕を固めていないと早い動作ができないので、弾いたあとは肩や腕、背中がこわばり、寝られない程苦痛の状態が続くようになり睡眠薬に頼るようになりました。

リハビリで通っていたあるダンス教室で、仲間から当講師を紹介され訪ねて来られました。最初のセッションでの解放感とその日からの深い眠りに感動し、足繁く通うようになりました。身体を固める習慣は徐々に減り、身体の左右の崩れたバランスもかなり均衡してきました。ヴァイオリンでできなくなった幾つかのテクニックも取り戻すことができてきました。

 

二年経ち、痛みや不眠から開放されて薬も必要なくなり、以前より活動的で演奏や新しい趣味でスケジュールが充実するようになりました。今は孫の世話もしながら、忙しいけれど楽しい毎日を過ごされています。レッスンは一ヶ月に一回程、コンディションの維持のために通っています。

3.うつ病から徐々に薬を減らして回復し、楽しい毎日を送るようになった

​大阪市在住のOさん(初回時48歳)会社員女性

Oさんは親族とのトラブルからストレスを抱え、心療内科で不安障害とうつ病と診断され抗うつ剤等を内服するようになりました。倦怠感や不眠、胃腸障害で辛い毎日になり、家から出るのが怖くなって引きこもり傾向になっていきました。ある日、知人の薦めで当講師にたどり着きました。

 

Oさんは積もる話をしながら身体をみてもらううちに、講師の手から自分では作り出せない心地よさを体験し、薬を減らせる可能性を感じ通うことにしました。Oさんは次第に、自分自身の思考に反応して不安を増幅させ、身体がそれに刺激されている事を実感しました。レッスンでは、その不安を手放すことができるので、レッスンはその練習をしているのだと理解しました。

通い出して数ヶ月後には抗うつ剤を減らしはじめ、徐々に抗不安剤、睡眠薬なども減って、一年程ですべての薬を手放すことができました。たまに眠れないことがあっても、レッスンで不安に対する対処法を身につけているので薬無しでしのげられます。

現在トラブルは収束し、仕事を続けながら街や自然の中へ出歩き毎日を楽しんでいます。よい状態を維持できるよう、講師の12式太極練気のクラスに通っています。

4.事故後後遺症で満身創痍の日々から、金融企業への再就職を果たす

神戸市在住のMさん(初回時40歳)会社員女性

Mさんは仕事先の現場でトレーラーに轢かれ、骨盤、片側の股関節と膝関節を粉砕骨折し、多臓器障害で集中治療室から出てこられるまで二ヶ月を要しました。長期の回復リハビリテーション後6年が経ち、3人の子供を抱えながらの生活に「満身創痍」という言葉がぴったりな状態でした。

Mさんが最初希望されたのは「とにかく楽になりたい」との事で、毎週通うことになりました。徐々に無意識の緊張が解け、一年も経つ頃には体力もつき、意欲も出てきて「再就職がしたい」と申し出されました。

それから、レッスンを受けながら資格試験の勉強や職業訓練所でのトレーニングに励み、4年かかって見事、大手の金融機関関連会社に採用されました。以前には考えられなかった電車通勤を始め、慣れないデスクワークと奮闘しながら、空いた週末には疲れた体を癒やしにレッスンに来られます。

この前、Mさんは数年ぶりの知人と会うことになり、待ち合わせ場所に行ったら、相手が気づかず、あとで「前はあんなにヨタヨタ歩いてたのに歩き方もまっすぐ様子も全然変わってて分からなかった」と聞き回復を実感されました。セラピストになった長男が腰痛になり、何をしても良くならなかったときも先生に紹介して数回で随分良くなり、不安なく趣味や仕事に打ち込むことができている様子を報せていただきました。

5.発達性協調運動障害のある我が子が、動くのが楽しくなり体重コントロールができてきて成績も上がった

神戸市の男子高校生(初回時16才)のお母さんより

 

幼稚園でコミュニケーションに難しいことや独特なこだわり、言葉の遅れがあり4才の時に発達障害と診断されました。普通学級は無理だと言われ、色々な療育を必死でやりました。小学校の普通学級に進みましたが、先生からは指導が難しいと迷惑がられていました。

 

色々な種類の療育で手応えがあったのは体へのアプローチでした。それから他の療育はやめて色々な運動を試しました。甲斐あって普通の中学クラスに進み、ぶじ受験を乗り越え高校生になる事が出来ましたが、一切運動できなかったため受験が終わると体の状態はひどいものでした。

 

成長してきて体重が増え、素人の私が見るのが大変になり、体のことを理解しカウンセリングも出来る人に見てもらいたいと思い必死で探したところ大橋先生に行きつきました。私の目指す子育ての最終目標は子供が自分でストレスをなんとかできる事です。どんなものでもいいから体を動かしてリフレッシュして欲しい、そのために協調運動障害が改善してほしいと思っていました。

 

 

先生は息子の様子を丁寧に見られ、的確な課題と対策を導き出され、有効なエクササイズを教えてくれます。カウンセリングの資格もお持ちのためかとても穏やかで、優しく、素敵なレッスンの時間が流れ、息子も毎回、楽しみにして通うようになりました。

 

高校に受かっても無事に通えるのか?と中学の先生に随分心配されていましたが、高校に入って休む事なく、中学までは私と一緒にしていた勉強も高校に入り、難しい高校数学や物理も一人で勉強し、それなりの成績を取ってくるようになりました。

 

ただ、まだまだ人より過敏で通学の満員電車などでは疲れるようです。週末は父親と一緒にスポーツクラブでジムや水泳でリフレッシュしています。コントロールが難しかった体重も半年で5キロ落ち、おかげで以前より体を動かすのが楽しいようです。これからも、もっとうまく体を動かせるように先生とのレッスンを続けたいと思います。

初回面談:3000円/約30分

 

レッスン料:7000円(1レッスン50分)

 

場所:神戸市東灘区 JR摂津本山駅より徒歩7分(場所の詳細は面談後)

*教室の傍には女性スタッフが在籍しています。女性ひとりでも安心してご来訪ください。

 
 

ohashishin.com 神戸市東灘区 080-4134-9888 Sponsored by

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